松江家庭裁判所 昭和47年(家ロ)21号 審判
主文
松江家庭裁判所昭和四一年(家)第二七一号遺留分放棄許可申立事件について、昭和四一年四月一日同裁判所がなした許可の審判を取消す。
理由
(本件申立の趣旨および理由)
申立人は主文同旨の審判を求め、その理由の要旨は次のとおりである。
申立人は被相続人立木繁夫の長男であつたが、被相続人は農業に従事し家も山中にあるため申立人が家を出て、申立人の妹美智子が婿をとり、家業の農業を引継ぐ話になつたので、その婿取りの条件を良くするため、申立人は相続開始前に遺留分放棄をすることになり、松江家庭裁判所にその旨の申立をし、昭和四一年四月一日その許可の審判を得た。
しかしその後、妹美智子は家を出て嫁入りすることになつたので、申立人の両親、姉妹が相談のうえ、申立人が家に帰えり家産を継承し、家をみることになつた。
このように遺留分放棄の許可の審判をうけた当時と、現在の事情が全く異なつてきて、被相続人の財産につき、その相続関始前に遺留分を放棄する理由がなくなつたので上記審判の取消しを求めるため本申立をした。
(当裁判所の判断)
松江家庭裁判所調査官作成の昭和四一年三月三一日付調査報告書写昭和四七年七月三日付調査報告書ならびに本件および昭和四一年(家)第二七一号事件の各記録に編綴されている各資料を総合すれば、
(1) 申立人は被相続人の長男として出生したが、昭和四〇年八月妻郁恵と結婚し、約一ヶ年間被相続人である父母の家に同居していたが、申立人の母と妻との折合いがうまく行かず、申立人は大工で家業(農業)を継続する考えもなかつたので実家を出て新夫婦のみの独立した生活をすることを決心し、昭和四一年二月二五日頃両親と別居し、農業は実家に残つている妹美智子が婿取りをして継承することになり、同女の婿取りの条件をよくするため申立人は被相続人の財産に対する遺留分を相続開始前に放棄することとし、その旨の申立(松江家庭裁判所昭和四一年(家)第二七一号事件)をし、昭和四一年四月一日その許可の審判をえた。
(2) しかし、妹美智子の婿はなかなか見つからず、そのため同女の婚期も失いかねまじき状態になつたので妹に婿を取り同女に農業を継承さすことを断念し、同女を嫁入りさすことにきまり、同女の結婚式も昭和四七年一〇月五日に挙式することに内定し、同女も申立人が家の財産(田約六反、畑約五反、山林約五町、宅地建物)を継承することを強く希望するにいたつた。
(3) 申立人も実家をでて約七年間両親との別居生活をしているうちに長男、長女を出生し、最近では申立人の母と妻との間における感情のもつれも自然にほどけ、昭和四七年七月末頃には申立人の家族も被相続人一家と同居することになつている。
さらに被相続人には一男五女あり申立人は唯一の男子であつて申立人の姉二名と妹恵理子は既に他家に嫁ぎ、妹美智子も昭和四七年一〇月五日に他家に嫁入りする予定であつて、現在妹加代子(昭和二四年九月二日生、会社員)のみが被相続人である父と母と同居し、被相続人自身も申立人が実家に帰つてくることを強く希望し、大工である申立人が農業を継がなくても家産のみ継承してくれればよいと考えている。
(4) このように被相続人においてはいまだ相続が開始しておらず、かつ申立人においてもはや被相続人の財産について、その相続開始前に遺留分を放棄する理由がなくなつた。
ことが認められる。
ところで推定相続人は家庭裁判所の許可を条件として相続開始前に限り、あらかじめ遺留分を放棄し得ることは法の明記するところであるが、その放棄の申立にもとづき遺留分放棄の許可審判がなされた後においては、放棄者が自由にその撤回をすることは原則として許されないと解すべきである。けだし放棄の撤回(取消)を自由に認めることは、いたずらに権利関係に無用な混乱を生じさせる結果となる。
しかし家事審判は合目的的処理をその内容とするもので、その審判がなされた基礎となつた事情も変動し易く、その後における客観的事情の変更によつて審判が妥当性を欠き、その審判を存続せしめておくことが不適当と認められるに至つた場合には、これが取消変更を許すことがかえつて家事審判の合目的性に合致するゆえんである。
したがつて遺留分放棄の許可審判がなされた後においては、原則としてその撤回は許されないが、前審判の基礎となつた客観的事情に明白かつ著しい変更が生じ、前審判の目的とした合目的性が失われて前審判を維持することが著しく社会的実情に合致しないと認められた場合に限り、その相続開始前に放棄者の申立によつてのみさきになされた遺留分放棄許可の審判を取消す旨の審判をなし得ると解するのが相当である。
してみると本申立においては、上記認定の事実により、前審判の基礎となつた客観的事情に明白かつ著しい変更が生じ、現在においてはすでに前審判の目的とした合目的性が失われ、前審判を維持することが著しく社会的実情に合致しないものといえるので、前審判を取消すこととし、主文のとおり審判する。
(家事審判官 西内英二)